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学会からのコメント

もっと知ろう!「ロコモティブシンドローム」

 ロコモティブシンドローム(ロコモ:運動器症候群)は、加齢に伴う筋力の低下や関節や脊椎の病気、骨粗しょう症などにより運動器の機能が衰えて、要介護や寝たきりになってしまったり、そのリスクの高い状態を表す言葉です。 平成19年に日本整形外科学会が提唱した言葉*1,*2ですが、高齢化が急激に進むわが国の現状において、ますます重要度が増してきています。
 ご存知のとおり、わが国は世界に冠たる長寿国で、その平均寿命は男性79.9歳、女性は86.4歳*3にまで伸びています。 各年齢層の平均余命データから計算すると、現在の65歳女性は平均であと23.2年の余命があり(つまり、88.2歳まで平均でも生きる、ということです)、75歳では14.8年の余命(同じく、89.8歳まで)があります。 つまり、今の高齢女性はほぼ90歳まで生きるということになります。 男性の場合はやや短くなるにしても、わが国は未曾有の長寿状態にあるわけです。
 実際の寿命だけではありません。 世界保健機構(WHO)が健康寿命、つまり「日常的に介護を必要とせず、心身ともに自立して暮らせる期間」を各国について調査した2004年のデータ*4でも、わが国は男性72.3年、女性77.7年と世界一でした。 日本は、人生の長さも健康寿命も世界で一番の国なのですね。
 とは言うものの、ここに問題があります。そう、寝たきり、介護の問題です。 平成12年に介護保険制度が施行されて以来、要介護認定者数は増え続けています。当初、要介護認定者数(要支援を含む)は220万人でしたが、平成18年には440万人*5と倍増し、そして平成22年10月には500万人*6を超えました。 75歳以上の人のほぼ3人に1人は、要介護認定者ということになるわけです。決してひとごとではありません。

 一体、要介護となる原因は何なのでしょうか?
 実は、全体の約2割は運動器の障害が原因であることがわかっています*7。 さらに男女別に見ると、男性は脳卒中が4割を超えて圧倒的に多いのですが、一方、全要介護者の約7割を占める女性の場合は3割近くが運動器疾患によるものです*8。 脳卒中を予防するために重要なことは、高血圧、高コレステロール血症に気をつけること、すなわちメタボリックシンドローム予防ということになります。 一方、女性にとってはロコモ予防が重要ということになります。
 介護予防のためには、「男性はメタボに気をつけて、女性はロコモに気をつけよう」というわけです。

 ところで、現在ロコモの人口は予備軍も含めて4700万人と言われています。これは、東京大学22世紀医療センターの吉村典子准教授よる和歌山県における調査結果*9によるもので、2000人のレントゲン検査、骨密度検査からの推計値です。ロコモに特に関係が深い疾患は、高齢者に多いひざ、こし、ほねの病気、つまり変形性膝関節症、変形性腰椎症、骨粗しょう症と考えられています。この調査によると、それぞれの病気の推計人口は、変形性膝関節症は2530万人、変形性腰椎症は3790万人、骨粗しょう症は1300万人となっています。この数字は、メタボの人口、すなわち高血圧(3970万人)、糖尿病(820万人)、脂質異常症(1410万人)に匹敵する数になっています*10*11
 骨粗しょう症については、2000年の滋賀医科大学の山本逸雄助教授ら(当時)による調査で1100万人と報告されています*12。この数値を現在の推計人口構成*13で計算しなおすと、やはり約1300万人ということになり両調査の結果が一致します。一方、変形性膝関節症と変形性腰椎症については、この調査がわが国で初めての大規模な疫学調査です。
 ロコモに関わる3つの疾患の中でもっとも多いのが、その数3790万人に達する変形性腰椎症です。変形性腰椎症は腰痛の原因となり、進行すると馬尾神経または神経根を圧迫して下肢の痛みやしびれなどを引き起こす腰部脊柱管狭窄症につながっていきます。実際、腰痛や下肢痛を訴えて整形外科を受診する患者はきわめて多いと、私たち整形外科医であれば誰もが感じている印象です。
 実際、腰痛の人はどれくらいいるのでしょう。
 福島県立医科大学の菊地臣一教授と京都大学の福原俊一教授のグループが共同で行った腰痛の全国規模の調査*14によると、「治療を受けるほどの腰痛」を感じたことがある人口はで男性で54.1%、女性で51.1%に達しているとのことです。軽度の腰痛も含めると、もっと数が増えるでしょう。
 この調査は、全国から300の地域を偏りがないように選択し、その地域の住民票から15名ずつ無作為に抽出して選んだ合計4500名に対して、いわゆるpopulation-based study(人口構成に基づいた調査)という極めて信頼性が高い手法で行われました。さらに、この調査では、腰痛がある人ではQOLも低下していること、治療を必要とするほどの腰痛の後、仕事や家事を再開できるまでに平均11.3日が必要で、9.5%が腰痛のために仕事を辞めたりや職場を代わったりしていたことも明らかとなりました。
 腰痛のみならず、変形性膝関節症は大腿四頭筋など膝周囲の筋力訓練が症状の緩和に有用であることが知られていますし*15、骨粗鬆症に対しては背筋訓練や踵上げを初めとして多くの運動が骨強度の改善に役立つことが知られています*16。さらに片脚立ちなどのバランス訓練は転倒予防にも効果があり*17、運動器の病気や機能低下には、やはり運動をすることがもっとも大切であると言えるでしょう。
 ロコモだけでなく、メタボの予防・改善にももちろん運動が重要ですし、最近では運動が認知症を予防することも報告されています*18
 まず、ロコチェックで運動機能の衰えを早めに察知して、ロコトレでロコモ予防に努めましょう*19*20。ロコトレは、スクワットや片足立ちを中心に、ウォーキングや水中歩行、水泳やテニス、卓球から太極拳、いろいろな運動を習慣的に続けるようにしたいものです。
 ずっと「自分の足で歩ける!」ことが、ロコモ予防の目標です。
 特に女性の方、「女性はロコモに気をつけよう!」ですよ。

(文責) ロコモチャレンジ!推進協議会 委員  石橋英明

この記事は2011年時点の情報を元に書かれています。

文献(リンクのあるものは、クリックで内容をご覧になることができます)
  • *1.  Nakamura K. A "super-aged" society and the "locomotive syndrome". J Orthop Sci. (2008) 13(1):1-2.
  • *2.  中村耕三:超高齢社会とロコモティブシンドローム。日本整形外科学会誌(J. Jpn. Orthop. Assoc.) (2009) 82:1-2
  • *3.  厚生労働省:平成21年簡易生命表の概況について
    http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life09/index.html
  • *4.  World Health Organization. The world Health Report 2004, p150-153
    http://www.who.int/whr/2004/en/report04_en.pdf#search='who world health report 2004'
  • *5.  厚生労働省:平成20年度 介護保険事業状況報告
    http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/08/dl/02.pdf
  • *6.  厚生労働省:介護保険事業状況報告 平成22年10月分
    http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/m10/xls/1010-t2.xls
  • *7.  厚生労働省:平成19年度国民生活基礎調査の概況
  • *8.  厚生労働省:平成16年度国民生活基礎調査の概況
  • *9.  Yoshimura N, Muraki S, Oka H, et al.: Prevalence of knee osteoarthritis, lumbar spondylosis, and osteoporosis in Japanese men and women: the research on osteoarthritis/osteoporosis against disability study. J Bone Miner Metab. (2009) 27(5):620-8.
  • *10. 平成18年 国民健康・栄養調査結果の概要 第4部 生活習慣病等の状況
    http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/04/dl/h0430-2c.pdf
  • *11. 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会:骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2011年版、ライフサイエンス出版、 in press(出版準備中)
  • *12. 山本逸雄、骨粗鬆症人口の推定、Osteoprs Jpn, 7:10-11, 1999
  • *13. 国立社会保障・人口問題研究所 2008年・年齢別推定人口
  • *14. 福原俊一、菊地臣一ほか.腰痛に関する全国調査報告書、2003
  • *15. 岩谷力, 赤居正美, 黒澤尚, 土肥徳秀, 那須耀夫, 林邦彦, 藤野圭司, 星野雄一.変形性膝関節症に対する大腿四頭筋訓練の効果に関するRCT リハビリテーション医学 (2006)43巻4号 Page218-222
  • *16. 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会:骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン2006年版、ライフサイエンス出版、 2006
  • *17. Sakamoto K, Nakamura T, Hagino H et al : Effects of unipedal standing balance exercise on the prevention of falls and hip fracture among clinically defined high-risk elderly individuals: a randomized controlled trial. J Orthop Sci (2006)11:467-472,
  • *18. 兵頭和樹、征矢英昭.認知機能のアンチエイジングと運動療法 MEDICAL REHABILITATION (2010) 124号 Page115-120
  • *19. 日本整形外科学会ロコモパンフレット2010
  • *20. 日本整形外科学会編:ロコモティブシンドローム診療ガイド2010、文光堂、2010